
「山口さんって、『そばを、もう一枚』を書いた、あの山口さんですよね。僕はあなたにお礼を言わなくちゃいけない」。
お礼を言われる憶えのない私は、『こばやし』の店主、小林孝さんの言葉に「え?」と、戸惑ってしまいました。
そば好きの小林さんは、13年前に出した私の本を買い、そこに掲載されているお店を回って歩いたのだそう。
そして、長坂『翁』の高橋名人の打つ蕎麦に衝撃を受け、蕎麦屋になろうと決心したというのです。
つまり、今の自分があるのは、この本と出合ったからだと。

取り出した本はよく使いこまれ、訪ねたお店の名刺がはさんであったり、書き込みがあったり…。
いかにも大事に持って歩いてくれたことがうかがわれる本を見て、胸がいっぱいになってしまいました。
私は、この本を蕎麦好きの人が手に取り、あちこち食べ歩くことは想定していましたが、この本がきっかけで蕎麦屋を始める人のことなど、まったく想像が及びませんでした。
ところが、その後何人もの方に同じようなことを言われ、本当に驚いたのでした。
人との縁というのは実に不思議なものです。
今回の本が発売された後に小林さんから電話を頂戴し、さらにびっくり。
何と、13年間、私の本を車にずっと入れて蕎麦屋巡りをしていた人が『こばやし』にやって来たというのです。
「この人が書いている店は、はずれがないんだよ。これからは新しい方を車に入れて回ることにするから」と言って、小林さんが店に置いてくださっている『静岡・山梨のうまい蕎麦83選』を買っていかれたそう。
嬉しいですねー、有り難いですねー。
また、縁が繋がりました。
たった一冊の本がそんな風に、人と人、人と店を結んでいっているとは、何と素敵なことでしょう。
※写真は、友人の加藤恵美子さんが撮影したもの。彼女はこの晩、運転手で飲めない私を尻目に、とてつもなく高価なお酒を小林さんから頂き、幸せそうに飲んでいたのでした。