「月」の縁

初めて八ヶ岳へ蕎麦屋の調査に出掛けたときのこと。

雨の降る中、予約していた宿へ向かった。
緑の木々を濡らす雨粒が美しくて、生き生きしていて、一緒に行ったえみちゃんと思わず感嘆の声をあげてしまう。

八ヶ岳のその宿は、別荘が建ち並ぶ一角にありながら、
どの道からも見えない不思議な場所にひっそりと
まるで隠れ家のように佇んでいた。

1階はJAZZ BAR。
2階の部屋に泊まれるようになっている、これまた不思議な宿。

「月」の縁


予定より早く着いたので、夕食をどこかでとろうと車を走らせる。
お目当ての場所はあったのだけれど、
それより気になるお店を偶然見つけてしまった。
畑の向こうで傾きかけた太陽の光を反射して銀色に輝く屋根が目に飛び込んできたのだ。

「月」の縁


車一台がやっと通れるような、舗装されていないガタガタ道を行き、辿り着いたのが、
「月舎(つきや)」という、手打ち蕎麦屋。

木の温もりが気持ちいい。

かなり出来のいい、私好みの蕎麦を手繰っているとき、
BGMのない空間に、カエルの鳴き声が響き出した。

他の客が「CD?」とたずねると、
女主人は
「最近は、こういうCDがあるんです」と、にこり。

もちろん、それはジョーク。
戸惑い気味の客に、「雨が降ると、周りの田んぼで一斉に鳴くんですよ」と説明していた。

もうすっかり日が落ちた頃、宿にチェックイン。

「月」の縁


伊豆に引き続き、仕事のアシストを頼んだ友人のえみちゃんとともに、
即刻、1階のBARへ―。

「最初にかかった曲は、ノラ・ジョーンズ。
思わず、えみちゃんと顔を見合わせる。
私たちが好きな女性シンガーだったから…。
「TAKUちゃん、リクエストしたの?」
首を横に振る私。

後でマスターに、どうしてノラ・ジョーンズをかけたのか聞くと、
「雨の日に聴きたくなるんですよ」。

雨は、何かを引き寄せる力があるんだろうか。
雨粒と雨粒が近づくと、ひとつになるように。

「月」の縁


「このお店の名前、“Chandra”ってどういう意味なんですか」
とマスターにたずねると、
「サンスクリット語で、“月”という意味なんです」
という返事がかえってきた。

目に付いて入ったお蕎麦屋さんが「月舎」。
宿が「月」。

何という不思議…。

「月」の縁


いろいろな心配事も、憂いを覚える出来事も、人やものとの出会いや繋がりも
すべてが偶然ではなく、必然で起きているとしたら、

それは、確かな意味を持っていることなのだろう。

一粒の雨が愛しく思えるように、
そんな一つひとつの出会いや出来事も
大事にしたい。

私ができることは小さなことだけれど、
一緒になれば、何か大きな力が働くかもしれない…。

そんな風に思えた、八ヶ岳だった。

※この文章は、2008年6月にブログ『明るいがん生活―ピンポイント照射』に掲載したものをアレンジしています。写真は『静岡・山梨のうまい蕎麦83選』で撮影を担当してくれた加藤恵美子さんから提供していただいたもの。ところで、ここから始まった“偶然”は次々と連鎖し、蕎麦の取材はより深く、面白いものとなっていったのでした。ちなみに「TAKU」というのは、子どもの頃から呼ばれている私のニックネーム。旧姓「卓田」に由来するもので、私の兄も弟も同様に「たくちゃん」と呼ばれています(笑)



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この記事へのコメント
映画を見るように 読ませていただきました

素敵な時間と魅力的な空間

なんだか 別世界みたいでしたね

えみちゃんのブログから来ました

その昔 30年ぐらい前の飲み友達です。
Posted by izy at 2010年02月04日 12:40
izyさん、コメントどうもありがとうございます。
30年前の飲み友達ですか~。
私が最初に会ったとき、えみちゃんはまだ高校生でした。
森田童子繋がりです。
izyさんはアメリカにお住まいなんですね。
また、ゆっくりizyさんのブログも拝見させていただきます(^^ゞ
Posted by masayamamasayama at 2010年02月04日 23:28
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